定型約款

1 現在の状況

 従来は、営業や紹介等を通じて知り合った特定の顧客との取引が多く、「商談→取引条件の合意→契約書の取り交わし」という流れが一般的でした。

 しかし、インターネットの普及を受けて、事業者は地理的な制限なく営業活動が可能になり、ネット上に広告を出せば不特定多数の者から申し込みを受けるようになりました。

 このような場合には、すべての顧客との間で「商談→取引条件の合意→契約書の取り交わし」というプロセスを踏むことは現実的でないため、事業者は、あらかじめ取引条件を「約款」という形で公表し、自社の取引条件に同意する顧客に対してのみ商品・サービスを提供しています。

約款:大量の同種取引を迅速・効率的に行うために作成された定型的な内容の取引条項       

2 法的なリスク

① 運用面での不安

 本来、契約は、相手との間で「意思表示の合致」(=双方の合意)があって初めて成立します。そのため、具体的な取引条件についても、相手方が内容を認識し、これに同意していなければ、当事者間で拘束力は発生しないのが原則です。

 この点、不特定多数に対する取引では、 相手方が「取引の成立」(例:商品Aの購入)に同意していても、個別の約款に記載された取引条件(例:返品やキャンセルの有無、違約金、免責条項等)を把握していないケースや、そもそも約款を読まずに申し込みをするケースも多く存在していました。

 しかし、実務上は、相手方は申込時に「約款」の内容にすべて同意したものとみなして商品・サービスの提供を行っており、民法の原則との間でずれが生じています。

Q 実務では、約款に基づく取引はどう取り扱われていたのでしょうか。

A ビジネスモデルの変化を受けて、現行民法でも、当事者が特定の約款に従うことを合意していれば、個別の条項すべてを認識していなくとも約款の規定が有効になると考えられていました。

 ところが、裁判では、「不意打ち防止」などの理由で、個別の取引によっては約款の拘束力を否定するケースがみられ、事業者にとって、「どのような場合には約款が無効になるのか」の基準がはっきり分からない、安心して取引に踏み切れないなどのリスクがありました。

     裁判による救済      

➡ 法律を見ただけでは裁判のルールが分からない、裁判は個別の事例判断が多く一般的な基準を見つけることが難しいなどのデメリット

② 事後的な変更の可否

 法令の変更や社会情勢の変化等により、契約の内容を事後的に変更する必要が生じるケースもありますが、民法では、原則として、相手の同意がなければ取引条件の変更は認められません。

 しかし、不特定多数との取引では、すべての相手から変更の同意を得ることは困難であり、非現実的な方法です。また、民法の原則を貫くと同意が取れた相手と取れない相手で取引条件が異なり、「契約内容の画一性」という約款の特徴が失われるリスクも出てきます。

Q 実務では、約款の内容を事後的に変更する場合、どのような方法を取っていたのでしょうか。

A 約款中に「この約款は当社の都合により変更することがあります」といった条項を入れ、相手の承諾を求めずに内容を変更し、変更後の約款を公表していました。

 しかし、厳密には、このような条項の有効性について様々な考えがあり、「こうすれば大丈夫」といった絶対的な基準はありません。

③ 法改正による解決

 そこで、改正民法では、新たに「定型約款」という条項を設け、事業者の公表した約款が取引内容となるための条件や、事業者による一方的な約款の変更が認められるための条件などを明記し、安心して取引ができるように配慮しました。

 ただし、新しい取引ルールを設けることになるため、その内容を厳格に整理し、不特定多数の者を相手とする取引のうち、以下の定義を満たすもののみを対象にしています。また、定型約款の定義を満たすものであっても、法律で定める手続要件(組入要件)を満たさない場合には、その条項は契約の内容になりません。

     【定義】   yes    【組入要件】   yes     相手を拘束

Q 定型約款の定義を教えてください。

「定型約款」とは、以下の「定型取引」の内容とすることを目的として、特手の者により準備された条項の総体をいいます。

【定型取引】

① ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引で、

② 内容の全部または一部が画一的であることが双方にとって合理的なもの

Q 定型約款の具体例は、どのようなものでしょうか。

A 鉄道・バス:旅客運送約款

宅配便:荷物運送約款

電気:電気供給約款

金融:預金規定、クレジットカード約款

保険:保険約款

EC取引:ネットショッピング規約

インターネット:利用規約、SNS規約

ソフトウェア:ライセンス規約など

Q 「定型取引」に該当するかどうかのポイントはどこでしょうか。

A 上記の定義①②のうち、「内容の全部または一部が画一的であることが双方にとって合理的なもの」といえるかが重要です。

Q 当社は、当社との取引を希望する会社には、当社所定のひな型での契約締結を求めており、既に100社以上の会社と契約を締結済みです。ひな型では、なるべく当社と取引先が対等な関係に立つよう心掛けていますし、今まで、取引先からひな型の修正を求められたこともありません。このような場合、当社のひな型は「その内容の全部または一部が画一的であることが双方にとって合理的なもの」に当たりますか。

A 原則として当たりません。

 事業者間での取引契約は、相手の属性や信用力等によって契約するか否かが決まり、「不特定多数」に向けたものとはいえないケースが多いでしょう。

 また、上記のように、すべての取引先との契約内容が画一的であっても、その理由が交渉力の格差による場合には「内容の全部または一部が画一的であることが双方にとって合理的なもの」に該当しない可能性が高いといえます。

Q 組入要件とは何ですか?

A 定型取引について、相手が約款を見ていない場合でも、その内容に同意したものとみなすための要件をいいます。具体的には、次の①または②を満たさなければなりません。

①当事者間で、定型約款を「契約の内容」とする旨の合意があったこと、または

②取引の際、相手に対し、定型約款を契約の内容とする旨をあらかじめ「表示」していたこと

Q 組入要件の②の「表示」には、どのような方法がありますが。

A 書面や電磁的記録(電子ファイル)の交付などに加えて、ウェブサイト上で定型約款を表示するケースも含まれます。

Q ウェブサイト上での「表示」は、具体的にどのような方法で行う必要がありますか。

A 例えば、ECサイトにおいて、取引条件について定型約款が適用される旨のウェブページが表示され、これを承諾しないと申込画面に進めないような仕組みになっている場合には、定型約款の内容が「相手方に表示」されたと考えられます。

 これに対し、ウェブサイトでは定型約款に従う旨を公表しているものの、申込画面に行くまでに上記のようなプロセスを踏む必要がない場合には、定型約款の内容が「相手方に表示」されたとは言いにくいでしょう。

Q 定型約款に当たらないものには、どんな例がありますか。

A 事業者間の契約書ひな型、事業者間の取引基本契約に基づく個別売買契約書、民間建設工事標準請負契約約款、建設工事標準下請契約約款、建物賃貸借契約のひな型(大規模賃貸マンションの場合を除く。)、労働契約書、などが挙げられます。

Q 当社は、以前から「サービス約款」を作成しており、契約書を取り交わす際には、「その他の取引条件については、当社所定のサービス約款に従うものとする。」との条項を設けていました。今回調べたところ、当社の約款は「定型約款」には該当しないことが分かりましたが、当社の「約款」についてはどのようなルールが適用されるのでしょうか。

A 民法の意思表示や契約に関する一般的な規定が適用されます。

Q「定型約款」に該当すると、どのようなメリットがありますか。

A 相手が定型約款を読まずに契約をした場合でも、その内容が取引条件になることが明確になり、「約款を見ていなかった(知らなかった)ので無効だ」と争われるリスクが減少します。

 また、法律上、事業者が一方的に定型約款の内容を変更するための条件が規定され、この手続きを守っていれば、定型約款の事後的な変更も有効であることが明らかになりました。

Q 「定型約款」に該当する場合に、事業者が一方的に約款の内容を変更できるのはどのようなケースでしょうか。

A 以下の①または②の条件を満たす場合には、事業者は、相手の承諾がなくても、一方的に契約内容を変更することができます。

① 変更が相手の一般の利益に適合する場合、または

② 変更が契約の目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無・内容、その他の変更にかかる事情に照らして合理的な場合

Q 「相手方の一般の利益に適合する場合」とは何ですか。

A 例えば、継続的に提供するサービスの利用料を減額する場合や、相手の追加負担なくサービスの内容を拡充する場合などが考えられます。

Q「その他の変更にかかる事情」とは何ですか。

A 変更によって相手に与える不利益の内容・程度、不利益の軽減措置の内容(変更の効力が発生するまでに猶予期間を設ける、変更を希望しない相手に解除権を与える等)などを指します。

Q 事業者が「定型約款」の内容を変更するためには、どのような手続きを取る必要がありますか。

A 定型約款を変更するためには、変更内容の合理性等に加えて、以下の①または②の手続きを取る必要があります。

① 変更の効力発生時期を決めること

② 定型約款を変更すること、変更後の定型約款の内容、その効力発生時期をインターネットの利用その他適切な方法により周知すること

Q「周知」はどのような方法によって行うのでしょうか。

A 周知の方法について、民法上、特にルールは定められていません。

 そのため、変更の内容に応じて、①相手の権利義務に重大な変更を与える場合には個別に通知する、②その他の変更についてはウェブサイトに変更の通知と内容を掲載し、相手に確認の機会を与える、などの方法を取ることも考えられます。

Q 「定型約款」に該当しなければ、「この約款は当社の都合により変更することがあります」といった条項に基づく変更はできないのでしょうか。

A 最終的には裁判所が判断することになりますが、一般的には、約款を変更する必要性があり、かつ、利用者の利益を損なわない変更や内容に合理性がある変更であれば許容されると考えられます。

Q 当社はホテル業を営んでおり、当社の宿泊約款は「定型約款」に該当します。当社は、利用者からのネット予約を受け付けていますが、ホームページ上に「宿泊約款」「ご宿泊の際には必ずお読みください。」とのタブを設けし、リンク先のページに宿泊約款を掲載しておけば大丈夫でしょうか。

A ホームページ上に宿泊約款へのリンクを設けているだけでは、定型約款として必要な「相手方への表示」の要件を満たしていない可能性が高いでしょう。

 他方で、ネット申込までの間に、宿泊について所定の宿泊約款が適用される旨のウェブページが表示され、これを承諾しないと申込画面に進めないような仕組みになっている場合には、定型約款の内容が「相手方に表示」されたと考えられます。

Q 定型約款について、相手を保護するための規定はありますか。

A 以下の①および②の条件を満たす条項については、当事者間において、最初から合意しなかったものとされます。

① 相手方の権利を制限し、または相手方の義務を加重する条項であって、

② その定型取引の態様およびその実情、取引の社会通念に照らして信義則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるもの

Q 当社は情報サービス業を営んでおり、当社の利用約款は「定型約款」に該当します。当社は、不測の損害を避けるために、法人向けソフトウェアのライセンス契約において「当社は、いかなる場合においても、顧客に発生した一切の損害の賠償責任を免れるものとします。」との規定を置いていますが、法律上の問題はありますか。

 A このような規定を置いた場合でも、裁判上のルールでは、自らに故意(損害の発生を予見していたこと)や重過失があった場合には、相手に発生した損害の賠償を拒むことはできないと考えられてきました。

 そのため、定型約款においても、故意・重過失による損害賠償責任の免責に関する部分は合意がなかったものとみなされるでしょう。

Q 当社との取引を検討している顧客から、定型約款を書面で開示するよう要請がありました。ホームページ上に定型約款を掲載しているため、顧客には、当該ホームページを閲覧するよう回答しようと考えていますが、法律上の問題はありますか。

A 定型約款の内容を示す方法としては、書面や電子メール等で送付する方法や、自社のホームページにあらかじめ定型約款を掲載し、請求があった場合にはそのホームページを閲覧するよう促す方法などが想定されています。

 しかし、通信環境の問題から、相手方がインターネットでの閲覧ができないような場合などには、別途の対応が必要になるでしょう。

Q 改正民法の施行日前に締結した取引についても、定型約款の規定は適用されますか。

A 定型約款の定義や要件に該当するものであれば、施行日前に締結した取引についても、改正民法の定めが適用されます。

 ただし、当事者の一方が書面または電磁的記録(電子メール等)によって反対の意思表示をした場合には、例外的に適用されません。

➡ 消滅時効

➡ 法定利率


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